Mosrite Bass(japan)65リィーシュー 足立区にて出張買取

「ベンチャーズといえばモズライト(=MOSRITE)」、とイメージする方が多いと思いますが、
ベンチャーズがモズライトを実際に使用したのは長いキャリアのうちわずか5年程度です。
フェンダーに行ったり、アリアに行ったりしています。
1965年の来日時に使用したインパクトが相当のものだったということでしょうし、
モズライトがそれだけ魅力的だったということでもあります。
60年代、日本のエレキブームを語るには欠かせない楽器です。
 
マニアの間でのいわゆるホンモノの「モズライト」は、最初の倒産をする69年までに作られたもので、
「オリジナル・モズライト」と言われます。日本への輸入はフィルモア楽器が行っていました。
 
人気の高い「ベンチャーズモデル」は200本ほど製作され、うち60本程が現存しているようですが、
とても貴重で高価なものです。69年のモズライト倒産の理由は、サーフミュージックを基調としたエレキブームの終焉、そして開発したアンプが不発だったことが原因のようです。
 
モズライト人気が高まり生産が追いつかなくなってきた68年、
日本のファーストマン(=社長が一夫だった)社がライセンス生産します。
これは「ファーストマン・モズライト」と云われていますが、
69年のモズライト倒産により製造を停止します。製造期間わずか14ヶ月です。
 
ファーストマンが撤退してからも、その下請けだった黒雲製作所はモズライト製作を今なお継続しており、
「ジャパン・モズライト」またはそのまま「黒雲」と呼ばれます。長年ライセンス製作をしていたこともあり、ギター本体の作りに対してマニアからの評価が高いようです。
 

Mosrite Bass(japan)65リィーシュー

Mosrite Bass(japan)65リィーシュー 足立区にて出張買取

76年にモズライト社は再建され、92年に創始者セミー・モズレーが没するまでに作られたものを「リイシュー・モズライト」と呼びます。
会社はロレッタ夫人が引き継ぎながらも94年に倒産してしまいます。
 
セミーの没後、フィルモア楽器は浮いていた商標権を取得、
東海楽器製造や米国ギターメーカーに委託してモズライトを製造、販売し始め、現在にいたります。
これが「フィルモア・モズライト」で、セミーの娘ダイナが開発したと言われるピックアップの性能が、
マニアの間では評価されています。加山雄三氏のモズライトはこのフィルモアです。
 
その後ロレッタ夫人が京都に工房を設け、かつてのクラフツマンを迎えてカスタムショップを設立、
モズライトギターの受注生産を開始します。これが「モズライトUS」で、寺内タケシ、高中正義など多くのアーティストに使用されています。
 
以上、時代や会社ごとにいろいろなモズライトがありますが、
現在ではモズライトUS、フィルモア、黒雲製作所の3者がそれぞれモズライトを製作しています。
 
モズライトの版権問題で訴訟が起きたりしていますが、
それぞれちゃんとしたつくリの楽器をリリースしているので、ユーザーとしてはこれは偽物なんじゃないか、
みたいに神経質になる必要はありません。
例えばギブソンの訴えでグレコがレスポールモデルの製造を中止したようなもので、
裁判が済めば治まる問題ですし、グレコのレスポールを「偽物だ!」なんて言いませんよね。

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